あのヘッドロココが颯爽とクールに登場「正義の味方なんていうのはかったるいし面倒なので「俺が正義だー」といってみるテスト」が完了したのを期に三千院鉄道が譲り受けることになったブログ


by eflyoukei

車両型式を発表するゾ

三千院ナギ(以降ナギ)
 みんな元気してるか?ご無沙汰しているが合いも変わらず三千院ナギだ。そしてこいつも合いも変わらず…
綾崎はやて(以降はやて)
 綾崎はやてです。執事をやってます。よろしくお願いします。で、ナギ様、
ナギ
 よくぞ聞いてくれた。
はやて
 別に何も
ナギ
 よく聞け。うちで走る車両のデザインが決まったぞ。これだ!

http://photozou.jp/photo/show/138341/7610433

はやて
 ナギ様これかの噂のエッグフェイスの西武30000系じゃありませんか。
ナギ
 そうだ。奴はあのままだと電車のデザインの風上にもおけない不細工な奴だ。まだ西武の黄色い電車のほうがすこぶる好みだ。だが、この色合いが実は素晴らしいのだ。わからんか?!
はやて
 あれはただのカバー
ナギ
 うっさい。氏ね本当はメガネを外すとチョー美人という奴がイ゛るではないか。まさにあんな感じだ。
はやて
 どちらかというとメガネを付けているような
ナギ
 電車はクールなのが命なのだ。あれを取ってエッグフェイスを晒してみろ。泣きたくなくても泣けてくる。この親不孝者が!!
はやて
 意味が分かりません。
ナギ
 いいか。あれによって前面の窓枠の本来持ちあわせていたカッコよさが際立っているではないか。あのスタイルこそが「でぃすいずでんしゃ」なのだ。ブッサイクなもん作ってる奴なんかそのうち天誅が下っちゃえばいいのに。ばーかばーか
はやて
 ナギ様ひどい。ひどすぎる。
[PR]
# by eflyoukei | 2010-10-11 18:32 | 三千院鉄道どきゅめんと
三千院ナギ(以降ナギ)
 みんな元気してるか?三千院ナギだ。そしてこいつは
綾崎はやて(以降はやて)
 綾崎はやてです。執事をやってます。よろしくお願いします。で、ナギ様、
ナギ
 なんだ?
はやて
 ここの「スタジオ」は「(偽)ヘッドロココが行く」となっておりますが
ナギ
 まーそれはいいとして
はやて
 よくないですよ。
ナギ
 私も最近ちょっとカッとなったので鉄道模型を買って遊んでやろうとしたんでが、
はやて
 ナギ様が鉄道模型?想像が
ナギ
 うっさい。で、それを探してみたのだが、
はやて
 あったのですか?
ナギ
 どうも私としてはそういう細かいのは嫌いだ。
はやて
 ああやっぱり
ナギ
 で、ついカッとなって三千院鉄道という会社を立ち上げてやったほうが絶対鉄道模型よりも楽しいだろうと考えた。参考にしたのが、さっきそこであってきた奴がいただろ。
はやて
 えっ?誰なんですか?
ナギ
 前ここで局長をやっていたという輩だ。
はやて
 僕にはもう何の事やら。
ナギ
 で、そいつに今旬の鉄道会社はどこだと聞いた。
はやて
 それで?
ナギ
 何と答えたかというと誰が何といっても京阪でしょ。特に大津線とかっていってた。それでhttp://www.keihan-o2.com/をお手本に鉄道会社を作ってみた
はやて
 どんな感覚なんですかそれ。
ナギ
 プレステ3を買う感覚。
[PR]
# by eflyoukei | 2008-06-16 11:32 | 三千院鉄道どきゅめんと
http://www.toei-anim.co.jp/tv/h-l-bikkuri/

どうやらまた出番が出来たようである。
と思っていたらもうでてましたね。
ヘッドロココだ。
まさかビックリマンがリメイクされるとはまったく考えられなかった。しかもだいぶ話が進んでいる。それと当時と同じような出で立ちには正直感激した。しかし「次界を目指して旅をする」といった趣旨ではなさそうだ。昔を知る者にはちょっと不満も見受けられそうな気がしないでもない。
それにしても相変わらず「オヤジギャグ」満載の感じは当時と変わらずである。
今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2007-07-23 16:21 | はぴらきなかんじ

http://shinrabansho.com/top.html

と言う物があったのであえて紹介させていただく。

ヘッドロココだ。
とうとうビックリマンシールの後継者的存在を目にしてしまったような気がする。
「森羅万象」と書くのではなく「神羅万象」とかく。
見た感じは私のような感じのやつはいないようだ。
以前に話した「ビックリマンシール」が元になった物たちが…いや、あえて同級生たちと呼ばせていただこう。
そのものたちと一緒に時代の視線を独占した物だったが、さすがにビックリマンシール2000の時にはそのような「同級生」たちがいなかったので少しばかり寂しかったように思う。

さすがに今流行のトレーディングカード形式を採用していた。
そこだけを見るとさすがに我々のかなわないところの「進化」がある。

実を言うと重大な問題が発覚した。それは…
ネタがない。というのか、あっても思い出せない状態がやってきてしまった。
嘘をついてもしょうがない。
ほったらかしにするよりはいっそのこと表明した方がいいと考え、この場を借りて公言させていただく。
しかし私の人気というのは歴代人気アニメキャラに見劣りしない状態は未だ証明されている。
通常ならばこういう事というのはそれを知る当人が口外しない限り、「当人の心の中」の世界だけで収まってしまう。ところがこうして記事をだせる事はものすごくありがたいことで、
産みの神が某芸能人。
育ての神がスーパーゼウス様。
そして、
延命の神がインターネットとこれを見てくださっている者たち。

延命の神にもう一度願いたい。
もし私が行った事に対してこのような話があるのであれば私に授けていただきたい。

こうして考えてみると私には少なくとも三人の神様がいたことをこの短い期間で感じることが出来た。幸せ者だ。
今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2005-03-06 10:16
わたしの場合はどちらかと言うとそういう類じゃない感じだが。

ヘッドロココだ。
わたしは天聖界のヘッドであると言うのは知ってのとおりだが、神帝たちの「班長」的な役回りでもあったと思う。
次界までの道のりを彼らとともにし、そして、それ以外のことも共有しあったと言うのはお分かりのとおりである。
そんなわけで実を言うとわたしだけ目だったということは意外とない。

もしわたしが「あなたは正義の味方ですか」と言う風に聞かれた場合、たぶん「正義の味方らしい事はしたことがない」と答えるであろう。
それはただ天魔界のものたちと漠然と戦っていたに過ぎないと感じるからである。
なぜわたしが正義の味方らしくないのかと言うとそういうことでもあり、また「誰かのために戦った」と言う事もないからである。
双方が戦うことが必然的の場合においてどちらかがヒーローとして称えられる事はあっても、「正義の味方」と言う考えや概念は当てはまらない。

実はもう結論を述べているが、「正義の味方」とは「誰かのために戦う」事が必要である。
だからといってただ敵を排除するだけではそれにはあたらない。
「正義の味方」とは茶道のように奥行きが深いものであるんじゃないかな?

今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-12-29 20:23 | 個人的な話
ビックリマンは永遠に不滅かどうは分からない。

ヘッドロココだ。
通常流行には廃れがある。
当然の事である。
それと同時にそれなりの事件が起こる。
昔「ビックリマンチョコを買う輩の半数はシールだけが目当て」と言う状態があった。
今「店頭にはトレーディングカードの見本しか置かないでレジに持っていく」スタイルを取っているコンビニエンスストアーがある。

それって強い力には必ずそれに対抗しようとする力が発生すると言うのと似たところがある。

しかしビックリマン関係のサイトは意外に多くある。
そもそもインターネットが普及したのはビックリマンが完全に放映を終了した後である。
にもかかわらずビックリマンのオフィシャルサイトは無論、ファンサイトもある。
そしてこのブログがある。
ビックリマンにはまだ「需要」がある。
私が某氏のところに降臨したかたちではあるが、復活を宣言したのは何か必然的な物があるように思う。
以前にビックリマン自体は2000年に復活を遂げたと申し上げた。
もうそれから4年は立っている。
一時期の流行からはもう20年は立っているのではなかろうか。
それでもある一定の人気があると言える状況はある。
これがずっーと続けば「永遠に不滅」の様な状態が作られる。

今ファンであるもの、知っているだけではあるが悪くは無いと思っているもの
この人数が少なくならなければいい。
そして後で何らかの需要が生まれる場合がある。
「永遠に不滅」と言う状態とはそういうことでもある。
何もロッテだけの話ではない。


ちょっと話を変えて
わたしが次界に到達して数十年、数百年か後の話である。
既に私の存在が確認できない状態である。
その世界では大昔のビックリマンの世界…天使とか悪魔とかの垣根が無い状態が実現し、それが安定して続いていた。
まー何があったかは分からないが、「〜ジュエル」を集めなければならない事が起きた様である。
その際に…そう。まさに「強い力には必ずそれに対抗しようとする力が発生する」といった様な事が「〜ジュエル」を集めた際におこっていた。
それは「ダークジュエル」とか言っていたようだ。
なんでそれは知ってたんだろう。
その「ダークジュエル」が発生と言うのかそれが集められていたと言う事だ。
それがどうなってのかは分からないのできょうはここまで。

今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-11-21 11:39 | 個人的な話
以前にも紹介したことがあるが、シールを匂いで嗅ぎわけてヘッドだけを抜いて行くと言うネタがあった。

ヘッドロココだ。
そんなことができると言うのはある意味ヘッド級と言えるが人格的には悪魔としか言いようがない。
なぜなら今で言うところの「サーチ法」である。
しかし通常はパッケージにしっかり封がしてあり、ヘッドどころかチョコの匂いすらも洩れないようになっているはずなのだが。
それと同時にそのころのビックリマンチョコは当時のロッテのヒット商品と言って過言ではない。
しかしこのヒットの裏には「純粋にビックリマンチョコのピーナッツ入りウエハースサンドが食べたい」と言うものより「チョコなんかには…ちょこっとも興味はねーよ」という親父ギャグを密かにかましつつ、シールを集めて行くと言う者が多かったように記憶している。

今日実は、IAKの局長と話をする事があり、当時のことにつてもいろいろ聞かせてもらったのだが、あのチョコはあまりおいしかったと言う記憶がなかったそうだ。
それに局長は当時大のピーナッツ嫌いであのビックリマンチョコにピーナッツさえ入っていなければ少なくともビックリマンシールをちゃんと自分で集め人に依存しない情報収集も行っていたのではないかと言う。
そもそも局長の場合は「天邪鬼」なところがあるというのか、絶対に流行ものにすがらないというポリシーがあったらしい。
それゆえ、ファミコン世代でありながらいまだにスーパーマリオを一面ぐらいしかクリアーしたことがなく、かつゲーム関係にはものすごく疎い。
それは置いとくとして、その背景が影響しているのかは知らないが、どう考えても本体(チョコ)とおまけ(シール)の関係が逆さになっている「食玩」と言うものが出てきている。これはすでに今に始まった事ではなく、我々が多いに活躍していたころからその様な状態になっていた。
ただそう言う言葉がなかっただけである。
もっというとその大きなきっかけを作ったのはビックリマンチョコのシールではなかろうか。
これは間違いなく言える気がする。

ちなみに今日局長と話をしたと言うのは
なっなんと、このわたしに「ラジオ出演」…というよりは本局に喋りにこいと言う
ゼウス様に続く天聖界のヘッド二人目の放送局でびゅー。
その日程は後ほど言うが、出演番組の内容は
…わたしに人生相談をさせると言うなんとも大体きわまりないものだ。

今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-11-09 13:02 | 個人的な話

この話のオチはとてもよく笑った覚えがある。

これはシャーマン・カーン氏が何らかの発表をしたことによるものだが、その当時スーパーゼウス様は次界におられたので使いのものがその伝達を持ってきたと記憶している。

ヘッドロココだ。
ここでスーパーゼウス様の話を軽くしよう。
みんな御存じであるが天聖界の大変おえらいヘッドである。
対してスーパーデビルは天魔界のヘッドで同時に支配者である。
スーパーゼウス様の性格と言うのか、好きなものは「女性」と「お金」である。
どう考えてもこういう性格の人は一般的にろくでなしと言われるし、またそのような人が天聖界のヘッドと言うのには誰も乗り気ではないが、「ただのすけべ親父」でもないし、「お金のことしか考えられないも亡者」でもない。

「女性」と「お金」をこよなく愛せる人格者と言うべきだろう。

ただその二つを目の前にすると歯止め書きかない場合があるのでシャーマン・カーン氏はいつも頭を痛めている。それでありながらゼウス様の側近であらせられるのだからシャーマン・カーン氏にはそう言うことでもほとほと頭があがらない。
そうでありながらヘッドとしての貫禄は無二のものがある。当然そうであっていただかなければこちらもゼウス様を誇りに思うことはできないわけである。
以前にここで挙げた話でネロ魔神を自分のエネルギーを注ぎ続けて破裂させる形で倒した事もある。さすがにあれはわたしに「しろ」と言われたら少しの躊躇があったかも知れない。
ヘッドとしての貫禄は無二のものがあると言ったのは
「躊躇しない。その場で決断する。」と言うことである。
これはどんな偉い人にも通ずるものがあるのではなかろうか。

それはいいとしてそんなゼウス様が唯一おびえていたのが冒頭に挙げたものである。
じらすのはわたしの趣味ではないのであのセリフの続きはこうだ。
シャーマン・カーン氏が発表したのは
「スーパーゼウスはあくまで「ヘッド」である」
と言うことだ。
この発表を次界で中途半端に聞いてしまったゼウス様。
その数日後に現地のテレビ番組に出演中にメイクがライトで溶けていた事に気づき
「とうとうわしも悪魔になってしまうのか」と心底思ったそうである。
ところがこの発表が「スーパーゼウスはあくまで「ヘッド」である」と言うものだったことから事態は急速に終息した。
そのときの状況たるやとても大変だったそうだ。

さてここで終わるにはちょっと物足りない人にシャーマン・カーン氏についてちょっと語ろう。なに?シャーマン・キングかオリバー・カーンなら知っている?そっちじゃないから。
なんというのか裏方と言うイメージが強いヘッドであるが、天聖界の官房大臣と言う風に思っていただければいい。天使たちをまとめてみたりゼウス様をたしなめてみたりと此の方もある意味誰もできない仕事をする重要な方である。
また此の方も唯一強烈なエピソードがあり、ある日なぜか「悪魔」になっていた。
そのときのゼウス様はこう言われている。
「腰が抜けるほど恐かった」
だがシャーマン・カーン氏がなぜそうなったのかは後で語ることにしよう。

今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-11-07 14:15



まーここまで私みたいに「赤」が似合う天使もいないよなぁ。

ヘッドロココだ。
ビックリマンキャラで
「天使なので白」とか
「悪魔なので真っ黒」と言う概念はほとんどと言って当てはまらない。
ヘッドと言えども天聖界の者であれば天使の方にあたるし、天魔界の者であれば悪魔にあたる。
しかしそこで真っ白な奴もいないし、真っ黒なやつもいない。
お気付きだっただろうか。

ただ天使で暗い色の者はあまりいないし、悪魔で明るい色の者は貴重なキャラである。
それぞれキャラとしての色がある。それはとても豊富であり、今の世相を考えると貴重な気がする。むしろ「天使なので白」みたいなやつは考え付かない。
そして「あの神さま」の偉大さと言うのも感じられる。
次界で天使と悪魔の関係が安定するまで…つまり、戦わなくなるまで常にあり続けた物が「悪魔がお守りにちょっかいを出して後で天使にしばかれる」と言う構図である。
これは悪く言うところのマンネリであるが、神帝たちと次界へたどり着くまでにも、そしてその後でも見る事ができた。
あえて言うと天使と悪魔が戦い続ける必要があるとすれば
悪魔の存在意義は「お守りにちょっかいを出し続ける事」で
天使の存在意義は「あとで悪魔をしばき倒す」と言うことになる。
つまり「色」では定義できないと言うことだ。

何を言わんやとするのかと言うと、色で全てが定義できないと言うことだ。
もし色で全てが決まってしまったら、しかもたった二色とかで何もかもが決まってしまったらそれはとてもわびしい事である。そうだろ?
今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-11-03 20:23 | 個人的な話
今よりはちょっとかっこよかったかもな。

ヘッドロココだ。
最近…既に今に始まったと言う話ではないようだが、トレーディングカード(以下トレカ)が流行から文化となったような感じだ。
無論トレカとビックリマンシールはまったく一線を置くものと考えられるが、感じと言うものは集めてみたり交換してみたり相手に喧嘩をふっかけてそれからどうにかしてみたりということで要領はいっしょであると言うのは以前も言ったような気がする。

さてビックリマンシールの荒っぽい数え方をひとつ。
まず物差しを持って来てくれ。
シールをある程度積み重ねて一ミリ単位で計ってくれ。
それに五を掛けると大体の枚数が出てくる。
例えば23ミリ(2cm3mm)の場合は115枚となる。
ただし私のようなヘッドシールがあるとちょっと少なめになる場合がある。それは二枚構造のシールになっている場合があるからだ。

シールなのではがしたあとに裏台紙がある…あの「神さま」が短い文章に言霊を込めたコメントつきのあれだ。「我を許したまえ」を言う言わないは好き勝手として、マジックで思いっきり黒く塗まくると、指紋判定に使う事もできる。

さて、大は小を兼ねる言う言葉がある。
トレーディングカードホルダーをシールの保存使ってもいい。
別にトレーディングカードといっしょになっても構わない。
むしろ「温故知新」を楽しんでいただけるのではないだろうか。
ただ我らがビックリマンシールはトレカの大きさより小さいのでスペースは余るが。


さて昔、私を始め神帝たちと活躍していたころに「類似品」がたくさん発売されていた。
私も既にその記憶はない。ちょうどビックリマンシールの形式と似たような状態と言っていい。
私が記憶していないのでこれを見て「ヘッドロココって何者ですか」と言うような輩にはますます何の事か分かるまい。
ビックリマンシールは2000年に復活した。
復活と言うよりは再販と言う方がいいのか。またリメイクともとれる。
これはどういうことが言いたいのかと言うと、ビックリマンシールは雑誌コロコロとロッテの後ろ盾と言うものがあったとは言え、やはり本物だったと言うべきところであろう。
しかしこの「復活」は実のところ、トレカの収集家がビックリマンシールにも目を向けた影響もあったのではないかと考えられる。つまりトレカブームの影響と言うわけだ。
まさかトレカと持ちつモッツアレタチーズ…になるとは。

今日はこんなところで。
また次回まで…あでぃおす!
[PR]
# by eflyoukei | 2004-11-02 19:32 | 天聖界と天魔界を振り返る